口の中で膨らむ、後切れのいい酒。果実のような、良い雰囲気を残す。
単体で飲む酒として選んで頂ければと思う。例えば日曜日の午後10時、明日は仕事だが寝るには早い時間に、じっくり夜をすごして明日に備えるような、贅沢な自分の時間を過ごす際に。
==新たな挑戦に向かった==
私たち竹野酒造の純米酒シリーズ「蔵舞」は、人にこだわり、米にこだわって作り上げるもの。錦とは言わずと知れた酒造好適米である「山田錦」から来る命名である。蔵舞シリーズの中で、50%と最も精米歩合が高く、贅沢な品が錦蔵舞である。人と米にこだわるなら、産地にもこだわる。錦蔵舞は山田錦発祥の地にて栽培された米を使用。しっかりとした味わいの中にも雑味の少ない、きれいな純米酒となっている。
酒米の王者とも言える山田錦は、私たちにとっても例外無く大きな存在である。先代杜氏も、山田錦で仕込んではその素晴らしさを絶賛していたのだった。
ただ、今現在は新たな思い入れのもとに生まれ変わった錦蔵舞を仕込んでいる。2010年の錦蔵舞は現在の杜氏、行待佳樹にとって自身が初めてすべての指揮をとった酒だからである。
それまで錦蔵舞は、先代・日下部杜氏の指揮の下に、原料を最大限利用した酒造りが行われていた。原料を使えば使うほど、つまり米を溶かし、デンプンを糖に変えるほどに味には幅が出る。しかしそれは、行き過ぎると雑味を生む。
佳樹杜氏は、日下部杜氏の意向を引き継ぎつつも、自身の新たな挑戦と竹野酒造の積極的な商品開発のため、新鮮な考えを持ち込むよう努力した。
==スタートにしか過ぎなかった==
佳樹杜氏は、祇園の割烹料理店の店主と話をする中で、「ふくらみがあり、かつ雑味がない。しかも超高額にはならない程度で」という課題を見いだしていたのだ。杜氏は徹底的に「きれいなつくり」を考えた。
その結果、現在の竹野酒造で行える酒造りとしては山田錦が最もスペックとして適合すると判断した。そして、雑味を無くすことを一つの指標とし、米は以前よりも溶かさず、細心の注意を払った。連日相当に神経をすり減らしていた。
杜氏の意向は成立したのだろうか?心血を注いだ新生・錦蔵舞(2010)は、きれいな旨味と分析値に現れない甘みをたたえた酒となった。グルコース(ブドウ糖)検査では数値としてそれほど現れないにもかかわらず、きちんとした甘みがある。
しかしながら、やはり佳樹杜氏にとってそれはスタートにしか過ぎない。まだまだこれからだ、と一仕事を終えた今だからこそ未来を見据える事ができる。
山田錦を使うことは、技術者にとって酒造りの歴史との勝負とも言えるかもしれない。特別な米なのだ。納得のいかない結果を何度も乗り越え、積み重ねによる成功率の上昇を、辛抱強く続けて行く以外に方法はない。
錦蔵舞のゆくえ。
山田錦の生まれは、兵庫県播州である。その山田錦を何とか地元の水で育てられないか。そんなとき、地元小原地域(当蔵から車で10分程度の所)において有機栽培による米作りが現実味を帯びる。
作り手は、地元の若手農家、隅野和幸氏である。2013年春、その取り組みが立ち上がった。過疎高齢化が進み、耕作放棄され4、5年経った農地の再生に、山田錦と共に立ち上がったのだ。2013年、錦蔵舞はその山田錦での醸造となる。