広島島田水産 | 魚介類・シーフード・その他 |

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【魚介類・シーフード・その他】

島田水産

☎0829-56-2004

営業時間/11:30〜 15:00

名店情報

店 舗

島田水産

種 類

魚介類・シーフード・その他

住 所

広島県廿日市市宮島口西1丁目2-6

電 話

0829-56-2004

営 業

11:30〜 15:00

店休日

不定休

当店いちおし商品

広島県産 島田水産 牡蠣詰め合せ

売切れ中

4,600円~

島田水産の牡蠣は広島県内有数の漁場大野瀬戸で育てています。この海域は瀬戸内特...

お店リンク(URL)

島田水産 の ご紹介
2001年より「ひろしま牡蠣」というブランドに頼るだけでなく「日本で一つだけの最高の牡蠣を造ろう」という高い志の基に、牡蠣漁師として全国で初めて成功したシングルシードと呼ばれる手法を用いて、5年の歳月をかけて作り上げた牡蠣、それが「安芸の一粒」です。

人工採苗によるオリジナル・ブランド創出にあたり、2つの事にこだわりました。1つは、天然の親牡蠣を用いること。私たちは日本三景厳島神社、大鳥居の周りの干潟の岩に付着している天然の牡蠣を採取し、親牡蠣にしています。大野瀬戸の速い潮流と、大きな干満の差なかで、元気に健康に、しかもその中でも形や身の入りの良い天然牡蠣を親牡蠣として選りすぐりました。

もう1つのこだわりは、その干潟での養殖です。そもそも牡蠣の養殖は、海岸の岩石に牡蠣が自生するのを見て始まりました。現在のかき養殖は沖合いで行う筏垂下式養殖が主流となっていますが、石蒔き養殖に始まり、ヒビ建て式、地蒔き式へと推移した300年の間、牡蠣の養殖はすべて干潟で行われていたのです。広島湾の中でも大野瀬戸には、昔ながらの天然の干潟が数多く残っています。そこで養殖の原点に立ち帰り、より天然に近い、牡蠣が持つ本来のうま味を持った牡蠣を復活させることに成功しました。

この「安芸の一粒」は【殻付きかき】となります。天然干潟を利用した天然に近い生産手法のため、潮の干満差により太陽の日差しを直に受けて育っています。その分、通常の物より多少小粒の殻ですが、殻いっぱいにあふれんばかりに身が詰まった上に、風味、甘さ、旨みが凝縮されています。是非、私たちが「ひろしま牡蠣」の誇りと威厳をかけて作り上げた「安芸の一粒」をご賞味下さいませ。

ーー厳蠣(げんき)ーー
「安芸の一粒」の中でもさらに優秀な牡蠣を抽出して、生後数ヶ月で出荷する牡蠣を「厳蠣(げんき)」と命名しました。
卵から取り出し約6か月で、厳蠣(げんき)として出荷が始まり、ひと夏を耐え「安芸の一粒」と名前が変わります。厳蠣(げんき)として初出荷の11月は30グラム程度ですが、まだ産卵を経験していない厳蠣(げんき)はとてもミルキーな味わいで、ひと月、ひと月、成長とともに旨味も大人へと変わって行きます。これがバージンオイスター「厳蠣(げんき)」の特徴です。

今まで生産者しか知らなかった美味しさを、是非、味わってもらいたい思いで、育てています。市場に出回る事がごく稀なため「幻の牡蠣」とも呼ばれています。「安芸の一粒」よりもさらに小粒の【殻つき牡蠣】となりますが、バージンオイスターならではの、幻の凝縮した旨みをご賞味下さい。
広島牡蠣と島田水産の歴史
ーー安芸の国 かき船ーー
今から300年余り前,延宝元年(1673年)草津浦小西屋五郎八が眞竹で、ひび建法で、大量に1年生かき採苗法を考え出した。そして販売方法が奇想天外カキの売り船を考えたのであった。
大阪表に集中すべきことを察し、将来の発展を胸に草津浦を指導した河面仁右ェ門が、1688年かき仲間株組織を結成しカキ漁場の免許を取得し,同時に大阪でのかき船営業許可も実現したのであった。

宝永5年(1708年)大阪大火の時,高麗橋西詰にあった高札を死守するため、高札をかき船に積み込み火災の難をまぬかれた功績により大阪表堀川筋一円のかき船営業特権を取得し大阪の営業を長年続ける事ができ,瀬戸内海沿岸九州北陸路にかき船営業を発展して、これにより広島かきは天下に名を刻んだのであります。今日の広島かきの名声の基礎は「かき船」によって造られたと云っても過言では無いのであります。

ーー島田水産とかき船の歴史ーー
当店の祖、木屋周蔵はかき船の創成期1688年に河面仁右衛門らと共に草津かき仲間を作り1688年から大阪表にかき船を出しました。明治17年には京都竹屋橋西詰めに『かき船」営業許可をもらい、舜蔵の幼名春次郎の「春」をとって『かき春』の名で開業しまた。

松本八右衛門の大阪橋際のかき船と他1店、松本柳右衛門の久宝寺橋西詰のかき船を集約して本町橋東詰めに「かき春 大阪店」を開店。明治33年には 宮島口に最新の牡蠣作業場を建築し移転、大阪河川における「かき船」の営業は戦時統制合により廃業に追い込まれ200数十年の歴史をもつ『草津かき船』は大正4年に京都鴨川から現在の疎水に移転営業していた『かき春』ただ1軒になりました。

この京都「かき春」には広島最後の藩主浅野長勲候が訪れ、店頭にいた「かき打ち娘」を宴席に並ばせ、広島弁を所望して『久しぶりに広島に帰ったような気になった』と言い『牡蛎の詩』の掛け軸を寄贈された曰くのある老舗でした。

当店の伯父が平成13年までこの「かき春」を経営していましたが後継者問題で閉店し「草津かき船」1688年から300年以上に及ぶ歴史は幕を閉じましたが、最後の経営者である伯父から「俊介 なんとか復活せよ」とこの看板を託され、江戸後期から表に掛けられていた看板で現在当店入口に掛けられています。
お店からのお知らせ

2015年11月22日

地方発送開始してます!

今年も美味しい牡蠣ができてます!ご自宅・お歳暮・ご贈答品に是非どうですか?ホームページでも購入できますので、今シーズンもよろしくお願いします。http://shimadasuisan.com/oyster

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